令和7年(2025年)12月24日
一般社団法人日本POPサミット協会
会長 安達 昌人
今年も残すところ僅かとなりましたが、皆様には元気にお過ごしのことと思います。
さて、一年の後半には、ハロウィーンやクリスマスなどの洋風の行事で賑わいましたが、新年は「正月」「初詣」「七草がゆ」「節分」など和風の行事で始まり、生活風景が一変します。
実は日本人は、行事ばかりでなく、生活や風習において何でも受け入れる融通が利く(悪く言えばアバウトな)民族だとされているようです。
そこで今回は、日本の慣習や、関連して「干支」の「十二支」などについてミニ文化論を書いてみることにします。
日本人が、「外来文化」と「伝統文化」を抵抗なく受け入れる理由は、ほぼ次のようになります。
1、「混り合う」ことに抵抗のない文化的土壌
・仏教→日本化して神道と共存 ・漢字→ひらがな・カタカナを生み出す ・西洋料理→和風洋食に進化(カレー、コロッケ、ナポリタンなど)
つまり、外来文化そのままではなく、自分たちの生活に合う形に変形して取り込むのが特徴です。
2、宗教観があいまいで排他性も低い
・正月は神道 ・お盆は仏教 ・ハロウィーンはケルト文化由来 ・クリスマスはキリスト教由来
すなわち、日本の宗教観は「多神教」で、矛盾なく受け入れるのは「信仰」よりも「行事・習慣」として捉えているとされます。
来日外国人(特に一神教の欧米人)は、東京・浅草寺に来ても、本堂でお賽銭を上げて礼拝する人はいないようです。
3、行事は「イベント」という柔軟さ
日本では、行事は宗教儀礼というよりも、
・季節の節目 ・家族の時間 ・商業イベント ・コミュニティの楽しみ
として受け入れられています。七草がゆも節分も「季節の区切りだから」、ハロウィーンは「楽しい催しだから」、という感覚です。
4、「伝統を守る」と「新しいものを取り入れる」が矛盾しない社会
日本では、伝統行事は「古いからやめよう」、新しい行事は「新しいから警戒しよう」ではなく、
・古いものは「続ける価値がある」 ・新しいものは「面白ければ取り入れる」
という、二者択一を迫らない文化が根底にあると言われます。
結論を言えば、日本人は「何でも受け入れる民族」ではなく、「上手に取り込んで共存させる民族」であり、歴史的に培われた文化的な態度・社会構造の結果だそうです。
以上は、自分がこれまでに読んだ書籍(鶴見俊輔著「日本人の精神史」、中西進著「日本人の心」、山本七平「空気の研究」など)から得た日本人の生活慣習や文化のポイントをまとめたものです。
来年は「午(うま)年」ですが、この「干支」の「十二支」も、古代中国(殷~周代)で成立し、日本に伝えられたた外来文化です。「子・丑・寅・・・」の文字は方角や時刻を表す記号であったものが、後に分かりやすくするために動物が当てはめられたとされます。
十二支は「暦」の中に活かされ、自然の循環(季節・昼夜・生命の流れ)を象徴して、農業、方位学、陰陽五行思想と深く結びついていると言われます。身近には占いに使われ、自分の読む新聞の日曜版に掲載される「今週の運勢」の十二支の注釈には、つい目を通すことになります。
ちなみに午年生まれの人は、明るく社交的で、エネルギッシュでチャレンジ精神旺盛だが、短気で先走りがち、というのが通説です。
文化的な意味では、馬は古来、交通・軍事・神事に欠かせない動物で、神社では「神馬(しんめ)として奉納された歴史が見られます。
年賀状(今は送る人が減少しましたが)では、ほとんどがその年の十二支の絵柄を活かしています。
自分もかつて、十二支を活かした「謹賀新年」の大ポスターを描いたことがあります(実は年末整理をしていて、昔の資料が出てきたものです)。
依頼主は「東販(東京出版販売株式会社)《現・株式会社トーハン⦆》の営業部。取引先の全国書店に、新年の店頭に貼り出す掲示物として、毎年配布していた助成物です。
1970年(昭和45年)の戌年から。1981年(昭和56年)の酉年まで12年間担当しました。
今の時代ならパソコンのグラフィックソフトで作れますが、当時はすべてポスターカラーと絵筆による作成です。ポスターの大きさは、四六半裁というB2判より大きめのサイズなので、団地の自宅の食堂テーブルの上でぐるぐる回しながら描きました。「謹賀新年」の文字は、「東販」社内の書道に優れた方によるものです。
毎年、羽子板や凧、繭玉、纏、遊戯具など、正月らしい図柄を活かして描いていたのは、今や楽しい記憶です。その数点を、ここに紹介してみましょう。
午年のポスターに描いた馬の遊戯具は、幼時に実際にまたがって遊んだ記憶があります。
以上、日本文化の特色や風習について述べましたが、皆様も何でも取り入れて自分流に活用する自由闊達な感覚でご活躍ください。
では、皆様、来年も幸多き良い年を迎えられますよう! 以上
